Andrew Mooreインタビュー

Andrew Moore “Puente de Bacunayagua, Vía Blanca”, 2012

Andrew Moore “Puente de Bacunayagua, Vía Blanca”, 2012

私たちは今年のコンペの審査員であるアンドリュー·ムーア氏に、今年のサミットのテーマである「場所が持つ言葉」についてだけでなく、彼自身の作品、そして大判写真の将来について、下記の質問を行いました。ムーア氏の芸術的プロセスへの洞察とは、新進の写真家への助言とは、そして彼が審査員として期待していることとは何かを感じ取っていただきたいと思います。

ONWARD:今年のオンワード·サミットのテーマは「場所が持つ言葉:写真を通じて環境を探る」です。あなたの作品はこのテーマをどう解釈しますか?また、このテーマはあなたにとってどんな意味があるでしょうか?

アンドリュー:今年のテーマは、ガートルード·スタインの故郷オークランドに関する有名な発言 “there was no there” を想起させます。私はいつもその発言を、「その場所における『過去を定義する意味』と『未来に根拠を持たせる歴史』の欠如」という意味に解釈してきました。つまり、もし写真の中に時間と歴史への言及がなければその場所には何の意味もなさないこと、またイメージというものは、写真家が生きている現在の意義と同じく、ある特定の場所に流れる歴史の潮流に基づかなければならないことに気づいたということです。ですので、矛盾して聞こえるかもしれませんが、私が展示したい場所のイメージとは地図上の特定の地点ではなく、その場所が過去と現在の出来事によって時間を通じてどのように形作られたかということです。

ONWARD:アーティスト、鑑賞者、被写体との間のギャップをどのように埋めようとしてますか?この課題に対して、若手や新進芸術家に対してどんなアドバイスがありますか?

アンドリュー:芸術と娯楽の違いは、娯楽は作品のすべてを鑑賞者に供するのに対して、芸術作品は鑑賞者に半分の方法だけを示し、そのイメージを完成させるために、鑑賞者に対して想像力の喚起を要求することだと思います。それがいい写真の撮り方ということであり、写真という平面にあなたを誘うだけでなく、鑑賞者に積極的に旅立つよう求める地図でもあるのです。ですから、私は被写体を過剰に説明するような写真を欲していませんし、想像上の手がかりから構成される写真も欲していません。若いアーティストが、写真制作と構想を語ることのバランス見つけたり、デザインと説明の間のバランスを見つけるのは難しいと思います。
私のアドバイスはあなたの作品そのものに手がかりを見つけなさいということ。つまりあなた自身を描き出す重要な細部はそこにあって、その道筋をより深く辿るようにあなたを導いてくれるんです。そして、しっかりと納得するまで特定の被写体や手法で繰り返し制作することを恐れてはいけません。私はときどき、若い写真家はあまりにも簡単に納得したり、あまりにも安易に満足していると思いますが、外部からの何らかの助け無しにはがんばることができないのかもしれません。だから、写真家の友達だけではなく、音楽家、詩人、作家のような他の分野の芸術家、あなたの写真に全く異なる視点をもたらしてくれる芸術家たちに囲まれることも重要なことなのです。

Andrew Moore "Schoolhouse on the China Pasture", Cherry County, Nebraska, 2103

Andrew Moore “Schoolhouse on the China Pasture”, Cherry County, Nebraska, 2103

ONWARD:あなたは海外でたくさんの写真を撮影しています。何が海外へ撮影の旅にあなたを駆り立てるのでしょうか?具体的にどの国ですか?写真は文化や流行におけるギャップをどのように埋めることができるのでしょうか?

アンドリュー:あなたが想像しているとおり、私は歴史と歴史を追いかける探偵のような調査が大好きです。私はアメリカの新しい歴史と比べて、むしろ他の国で見られる時間の深さと積み重ねの方が好きだったので、それが何度も海外に旅をして撮影するようになった理由でしょう。しかし私はまた、無秩序で危険であり、ある意味渡航を禁じられていた為に、まさか行くことになるとは思ってもみなかったロシアやキューバのような場所にも魅了されました。私の目的に寄与した別の要因の中で、私がそれらの地域に対するアメリカ人の誤解があると感じた事についてはギャップを埋めようと努めていますが、私も含めた多くのアメリカ人たちは、キューバやロシアにおける生活の本質がどのようなものなのか全く理解していないように思います。
しかし、たとえ私が自分の作品の中に報道的な緊張感があると思ってるとしても、私は純粋に報道的な意味でこれを果たそうとしてきたわけではありませんが、むしろ鑑賞者と被写体との間にある想像力を結びつけるものとして 、被写体はある意味で申し分なく、その地域のより複雑な現実を明らかにすることになります。キューバの撮影で私がとりわけ楽しんだことは、エキゾチックでありながら親しみやすいことや、アメリカで育った人が表面的には知っているたくさんのことがありながら、同時にアメリカとはまったく異なり隔絶した方針に従う国であり、さらにとてもユニークな特徴も持っていることです。

ONWARD: あなたは、ニューヨークタイムズの記事でデトロイトが、自身の最高傑作だとおっしゃっていました。この感傷について詳しく説明していただけますか?

アンドリュー:長年の海外撮影旅行後で、デトロイトでの制作にある種の帰郷感を感じていたこと、また私にとって関係性の希薄さや文化的無理解といったものを感じさせるものが存在せず、 ゴミ箱の中のキャンディの包み紙に至るまで具体的な細部に加えて、その地域の幅広い歴史をよく理解していたことから、その発言に至りました。その全ての細部はかなり具体的な意味において、私にとってとても重要でした。それが私の写真の頂点ではないことを望みますが、私は被写体と場所へのこの深い接続を明示することを望む新しいプロジェクトに取り組み続けているので、まだそういった感傷を認めています。

ONWARD:あなたが現在進めている作品のためにアメリカに滞在するよう強いてるものは何でしょうか?あなたは以前、アメリカは写真にとってより難しい被写体になってきていると言っていました。あなたはこのことが現実になったと感じますか?どのようにこのこととに立ち向かいますか?

アンドリュー:それは失うことと得ることの両方あります。私は、個人的にも文化的にもつながりがほぼ無い地域の探究にはまったく熱心ではありません。例えば、私はベトナムを旅して写真を撮りながら数か月間を過ごしましたが、まったくのよそ者であること、そして驚くほどうわべだけでありながら排他的な事態に直面したことで、最終的には強い失望を感じました。その一方、とても頻繁に被写体になっているアメリカのような国で何か新しいことを一からつくり出すことは難しいと認めざるを得ませんが、私はアメリカでの制作において、かつてないほど私が今見ている事柄への強いつながりを感じます。こうして私は、たとえば空中撮影やデジタル撮影、よりたくさんのポートレートの制作、そして究極的には、ユニークで特別に感じられる場所にたどり着くまで各所を再訪して多くの時間を費やすような、新しい手法によって制作することになったのです。何もかもが既に言われていたり行われてしまったように感じて、 うんざりすることは簡単です。しかし、もしあなたが歴史に順応するならば、あなたはものごとが目の前で変わっていく推移を見ることができ、故にある意味で新しく語られるべき何かがいつも存在していることになります。そしてその最大のチャレンジは、表層的な同一性を放棄するというよりむしろ、 想像力の絶え間ない流れの中で存在し続けます。

Andrew Moore "Former Ford Motor Company headquarter, Highland Park"

Andrew Moore “Former Ford Motor Company headquarter, Highland Park”

ONWARD:どのように本や展覧会に収録・出展する作品を選択しますか?

アンドリュー:私は撮影プロセスにおいてもスタジオに帰ってからも、非常に協働的な方法で製作しています。私は写真の選択について、長い間付いてくれているアシスタント、ならびに友人、ギャラリスト、学芸員、編集者、そして仲間の写真家たちをとても頼りにしています。一方、特定の重要な決定では、人はだれでも自分の直観に従わなければなりません。もちろん、写真集は展覧会とは全くちがいます。決して壁掛け用にはしない写真集に限られるイメージというものも多々ありますし、たとえギャラリーで人気があろうと大きなプリントですばらしく見えようとも、小さな写真集の中で複製すると最低な作品もあります。

ONWARD:今年の審査員として、あなたは写真に何を求めていますか?

アンドリュー:それは答えることがもっとも難しい質問かもしれません。私は柔軟性が無いという意味ではなく、形相的により良く構成された作品を好む傾向があることを認めますが、フレームの隅から隅まであるいは平面空間の曖昧な変化の中につくり出された動きであろうとなかろうと、私達の物の見方に挑戦する形で遊び心のある作品も好む傾向にあります。私はまた、カラー写真家として、そのままの局所的な色よりもむしろ、独特のパレットが使われている作品を称賛します。実際、微妙な色の調和が感情だけでなくイメージ全体の総合的な整合性に影響を与えられる方法だということは、学生や生徒に説明するあるいは教えることが最も難しいことの一つだと思っています。これらの絵画的な問題を超えて、私はいつも明確に語るべきストーリーを有している写真、とりわけ歴史上まさにこの瞬間を生きているように感じさせる何かを反映し、ある一瞬に心を引きつける写真をいつも楽しんでいます。

ONWARD:今、大判写真はどんな役割を担うと考えていますか?また、将来的にはどうでしょうか?

アンドリュー:大判は自然な滑らかさを得るために1年の練習を必要とする点で単なる技術というだけではなく、あらゆる言語感覚の中で、イメージ作成の為の完璧な集中を助ける鍛錬である「物事を見る方法」でもあります。それはたとえある程度まで習熟した段階であっても、フラストレーションと心の平静の程度を等しくするものであります。同じ基準によって更に、デジタル技術が可能にするほぼ無謀なペースに対する強力な矯正手段になります。たとえ明らかに全員が気質として気に入らなかったとしても、私は写真学校の学生は大判写真をいくらか経験すべきだと信じています。大判フィルム写真の長期的な問題は、 選択の余地無しにますます高価になる製品の点だけでなく、先細りになっているラボやドラムスキャンのオプションの点でも、サポートが減少していることです。だから私は、大判フォーマットが二つの領域で進化し続けると見ています。湿式プレートのような代替法と組み合わせ、そして、 デジタルバックと一緒に使用する技術的なカメラの開発です。私は35年以上、大判フォーマットで撮影し続けて、それでもなお、大きなプリントでは、すばらしい8×10のネガプリントと比べられるものはないことを見出しています。しかし、何も止まってしまったわけではなく、私たちが進化し、私たちの道具が進化し、文化や道具と共に私たちの知覚が進化しています。よって理想的にはですが、大判の写真家は未来が私たちに提示する道具と組み合わせながら、彼らの技術と鍛錬を使い続けることになるでしょう。

浦川和也 (http://www.citta-materia.org/)、田中おと吉 (http://www.katachistudio.com/)、青木康明(http://www.brimcc.com.au/) 訳

Andrew Moore "Rolling hall, Ford Motor Company, River Rouge Complex, Dearborn"

Andrew Moore “Rolling hall, Ford Motor Company, River Rouge Complex, Dearborn”

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